園長日記

バディ

 

先日、幼稚園の子どもたちが散歩にいくために、年長組と年少組の子ども2人一組になって出かけました。
すると、年長の子どもたちは、自分のペアとなった年少の子どもとしっかり手をつないで、行き返りの道を歩いてくれたのです。途中で、年少の子が「靴の中に砂が入った」と言えば、砂を出して靴をはかせてくれたり、年少の子が転んだら、みんなで待っていてくれました。
道の端を歩いている途中に、真ん中のほうに年少の子が寄ってしまうことがあるので、「もっとこっちだよ」と道の端に寄せてくれたり、ペアになった子に寄り添って歩いてくれたのです。
その光景をみて、ある先生が言いました。
「まるで、バディみたいですね。」
バディとはスキューバダイビングで使われる言葉で、命を預けあった仲間、相棒、伴侶という意味です。
キリスト教が大切にしている聖書には、神はわたしたちの「友」=「バディ」として歩んでくださる存在だと書いてあります。子どもたちは、これからの長い人生のスタートラインに立ったばかりですが、目には見えなくても、心の奥深くに「バディ」としての神の存在を感じているのだと思います。だからこそ、誰かに寄り添うことが自然にできるようになっているのです。その子どもたちの姿を通して、わたしたちも誰かのバディとして心から歩んでいけるようになりたいものです。子どもたちがこれから出会う人や友のバディになれる一人の人間として成長していってくれることを楽しみにしつつ、保育を積み重ねています。

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