園長日記

積み木を積むこととくずれること

 

年長組の部屋に「カプラ」という積み木のおもちゃがあります。「カプラ」はもとも
とおもちゃとして作られたのではありませんでした。「カプラ」の考案者はオランダ人
のトム・ブリューゲンさん。「お城に住むこと」が小さい頃からの夢でした。大きくなっ
たトムさんは「お城に住む」という夢を叶えるため、自分のお城をデザインし建てるこ
とにしました。その際お城の模型を組むために「カプラ」を作るに至ったそうです。

積み木はもちろん「積む」おもちゃですが、その過程で避けて通れないことがありま
す。それは「くずれる」ということです。意図的にくずして遊ぶという方法もあります
が、そうではない場合「くずれる」ということはとても辛い体験です。けれども積み木
において避けて通りたい「くずれる」という体験が遊びを深め豊かにして行きます。時
間をかけて積み上げた作品がくずれてしまうとき、大きな悲しみや言葉にできない悔し
さも生まれます。そう簡単には気持ちを切り替えることはできません。保育者は、その
悔しさを受け止めつつ、一緒に積み木を拾い集めて、もう一度「やってみよう」と前向
きな言葉を届けています。その繰り返し(積んで、くずれての繰り返し)で、実はこどもた
ちは自信を深めていくのです。「くずれてしまったけれど、もう一回自分にはできる」
と思えるように心が育っていく。そうすると、新しい積み方を工夫したり、新しい挑戦
に一歩、踏み出すことができるようになります。

また、積み木は自分ひとりではなくて、他の友達と力や心を合わせることで世界が広
がっていきます。年長組のあるこどもが「カプラ」がくずれるのが怖くて、ある一定の
高さ以上は積むことができずにいました。そこで、他のこどもが自分の背丈よりも高く
積んでいる写真を部屋の壁に貼り付けたところ、その写真に感化されて、高く積むこと
を怖がっていたこどもは今までよりも少しずつ少しずつ「カプラ」を高く積み上げてい
くようになりました。

幼稚園ではこのように遊びを通して一人ひとりのこどもが心も体も豊かに成長してい
くことを願っています。時に、悲しみや、恐れ、葛藤もありますが、その時にこそ、次
への一歩を踏み出すための力が育まれるのです。安心して、挑戦することができる環境、
それは安心して失敗できる環境とも言えます。私たちは、そのようにしてこどもたちと
一緒に日々を積み重ねていきたいと願っています。

 - 日記

ちがいを喜び合う

 

11月の聖書の言葉は《わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい》(ヨハネによる福音書15章12節)です。毎日の礼拝の中でこどもたちと一緒にこの聖書の言葉に耳を傾けています。

「愛する」という言葉は、様々な場面でよく聞きますが、具体的にどんなことなのでしょうか。こどもたちと一緒に考えるために、『みえるとか みえないとか』(作ヨシタケシンスケさん・出版アリス館・2018年)という絵本を用いてみました。

この絵本の主人公は宇宙飛行士の地球人で、《いろんなほしのちょうさをする》ことが仕事です。あるとき立ち寄ったのが前にも後ろにも目が付いている宇宙人の星でした。

目が前にしかついてない宇宙飛行士(地球人)をみて
《「え?!キミ、うしろがみえないの?」、「えー?!ふべんじゃない?かわいそう!」》と宇宙人は言います。

宇宙飛行士は《「ぼくはべつにこれがふつうだから・・・」》と見えかたが違うだけなのに気を遣われて変な気分になります。

宇宙飛行士がいろいろ調べるとその星には《うまれつき「うしろの目だけ みえない」》宇宙人が住んでいました。宇宙飛行士は「後ろが見えないこと」が同じなので、話が盛り上がり安心しました。また、同じ星では《うまれつきぜんぶの目がみえない》人とも出会います。
そういう出会いを通して、《みんなそれぞれそのひとにしかわからない、そのひとだけのみえかたやかんじかたをもっている》ことに気がつきます。そして、自分と似ている人は《いいところもわるいところもわかるから》安心できる。一方、自分と違う人は《じぶんとなにがちがうかが、よくわからない》し、《わからないのはこわいから》緊張してしまうと考えを深めていき、《じぶんとちがうひととでも、おたがいのくふうやしっぱいやはっけんをおしえあったら、きっとみんな「へー!」ってなる》と思い至ります。

最後に、《かんがえかたが、ちがっていても、どんなひとにも、じぶんとおなじところはかならずある》と宇宙飛行士は考え、《おなじところをさがしながらちがうところをおたがいにおもしろがればいいんだね》と次の星へと旅立つのでした。

私は、この絵本の言う「違いをおもしろがる」とは、「違いを喜ぶ・大切にする」ことではないかと受け取りました。そして「お互いに違いを喜ぶ・大切にする」ことが、「互いに愛し合う」ことだということではないかと、こどもたちと礼拝の時間に分かち合いました。

幼稚園の教育方針の一つは「一人一人『違う存在』であることを大切に」です。これはキリスト教の人間観に基づくものですが、今この時代において「違いを大切にしあう力」は本当に必要なことだと感じています。私たちは日々の保育において、そのように、お互いを大切にしあえる力を育んでいきたいと願っています。

 - 日記

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