冬の身支度から
思いがけず雪の少ない3学期を迎えています。しかし、これから帳尻を合わせるように雪が降るかもしれないとドキドキしています。幼稚園では園庭での雪遊びを楽しんでいますが、そのためには「身支度」が大切です。上下のウエアを着て、帽子をかぶって、長靴を履いて脚半を上げて、手袋を履いて・・・。遊びから帰ってくると、ハンガーにかけてと一筋縄ではいきません。私は高知県で生まれ育って、小学生になった時に北海道に引っ越してきました。ですから、この冬の身支度が自分にとってはとてもハードルの高いものだったことを思い出します。
ちゅうりっぷ組のあるこどもに「ともひろせんせい、ジャンパーができない!」と声をかけられました。その顔はとても深刻そうでした。話を聞くと脱いだ上着をハンガーに通して、チャックをあげて・・・ということが難しかったようです。私は「よし!いっしょにやってみよう!」と伝えました。でもそのこどもの様子を見ていると、私は特に「手伝う」ということはなくて、隣で「いいね!」とか「もう少し!」など合いの手を入れているだけでした。私の合いの手が変だったのか、面白かったのかは分かりませんが、そのこどもは笑いながらジャンパーのそでを引っ張ったり、裾を揃えてチャックをかけたり・・・苦戦しつつもジャンパーをかけることができました。そして「できた!」と喜びを分かち合うことができました。
その日のお昼前のことです。朝、一緒にジャンパーをかけたこどもからまた声をかけられました。外での雪遊びから帰ってきたところだったようで「ともひろせんせい!ひとりでジャンパーかけられたよ!」と報告をしてくれたのです。「できた!」という喜びを共有できたことに加えて、「伝えにきてくれた」ということが思いがけず、何だかとてもうれしく感じました。
私はそのこどもがその日の午後の時間にLaQ(ラキュー)で遊んでいるのをたまたま見かけました。LaQはおとなも組み上げる途中でパーツの方向や、つなげる位置などがわからなくなってしまうくらいに根気や集中力が必要です。しかし、そのこどもは苦戦しながらもねばり強く作品を作り上げていました。そしてついに出来上がった作品をともだちや先生と喜び合っていました。
私は朝の「ジャンパーをかける」ということと「LaQの作品を作り上げる」ということが繋がりを持っているように感じました。最初は難しかった「ジャンパーをかける」ことを挑戦してなしとげて、その自信がその一日のなかで何度もそのこどもを支えたのではないかと感じたのです。
あるたんぽぽ組のこどもからも同じように外遊びから帰ってきたときに「ひとりじゃできない!」と呼ばれました。私が隣で見守っているとそのこどもは一人でぬれた靴下を着替え、上下のウエアをハンガーにかけています。そのときのこどもの言葉が忘れられません。そのこどもは「順調!順調!」と言いながら、満面の笑みで身支度をしているのでした。自分は「できるんだ・順調なんだ」と心地よさを味わっているように感じました。その後は、お部屋で意欲的に制作に取り組んでいました。「順調!」という気持ちがその次の「やってみよう!」を引き出しているように感じました。生活の中で手にした自信が遊びこむ力へ、そして遊びこむことで養われた力が今度は生活の中でも発揮される。それはもしかすると、「おとな」からすれば何気ない、見過ごしてしまうようなものかもしれません。また「当たり前」に感じるものかもしれません。しかしそこに意味や喜びを見出すことで、こどもたちの豊かな生きる力を育んでいくことができると考え、これからも保育に努めていきたいと思います。
自信はどうして育まれるか
植松努さんという方がいます。北海道赤平で「植松電機」という会社をしています。植松さんはご自身の会社でロケットを作っておられます。社員は20名という小さな会社です。植松さんのもとには年間およそ1万人の人が訪れてロケットを飛ばしにやってくるそうです。その中には、宇宙関係の仕事をしている人だけではなく全国の中学生、高校生も訪れてロケットの打ち上げ体験をするそうです。
植松さんがこのロケットの打ち上げ体験を始めたきっかけは、植松さんのお子さんのクラスが学級崩壊だったそうです。植松さんはいじめが繰り返されるクラスを見て、「どうしてこんなことになってしまうんだろう」と思う中で、「ひょっとしたら子どもたちには自信がないんじゃないかな」と思ったそうです。そして、クラス担任にロケットの打ち上げ実験をこどもたちにさせてあげたいと申し出ました。しかし、学校の先生は最初から「無理です。ちょっとでもうまくいかなかったら、ぐちゃぐちゃにしてしまいます」と言ったそうです。
植松さんはそれでもお願いをしてロケットの打ち上げ実験にこぎつけます。植松さんはまずこどもたちに何も指示はせずに自由に作ってもらったそうです。普段のこどもたちは何か取り組む時にいつも先生の指示に従っていたそうです。そして、指示に従わなかったり、間違うと怒られてしまう。すると、こどもたちは「叱られるくらいなら、やらないほうがいや」となる。でも、自由に作るのなら「正解」はないので叱られない。好きにやっていいのなら、こどもたちはどんどん取り組んでいく。
しかし、いざロケットが完成すると今度はこどもたちが打ち上げをする前から言い訳を始めたそうです。「私のは失敗する」、「どうせダメなんだ」と。でも、試したらどの子のロケットも打ち上げが成功し、見事にパラシュートも開いたそうです。「どうせダメだ」と言っていたこどもは嬉しそうにしていました。植松さんはこの姿を見て《小さな自信は大事なんだ》と知ったそうです。そうしてそのクラスのいじめはなくなっていったのだそうです。
植松さんは現在のロケットの技術開発について日本では新しい技術に挑戦をしていないということを述べています。理由は「失敗したくないから」なのだそうです。宇宙開発は失敗が許されないから古い技術が使われているというのです。《「失敗しないためには、挑戦しない」のが安心》という現実があるのだそうです。しかし植松さんは言います。《失敗すれば、新しいことがわかるのに。失敗から工夫すれば、もっといいことがわかあるのに。失敗を繰り返してやがて成功すれば、自信がつくのに》と。
私は植松さんの言葉に触れて「こどもたちのやってみたい」という意志を守り、その意志を育んでいくことの大切さを学びました。リタ幼稚園においても「やってみたい」という思い・意志を大切に保育を行っていきたいと改めて思いました。そのためには、こどもたちが「安心して失敗できる環境」を整える必要があります。「今日できなくても明日できるようになる」とこどもたちを信じる必要があります。幼稚園の教育方針には《豊かな愛の中で、目には見えないこころを育む》というものがあります。「安心して失敗できる」「自分は信じられているんだ」という「愛」の中にあってこそ、一人ひとりのこころは安定するのです。「心の安定」とは「安心感を持つ」ということであり、「自信」を持つことができるということでもあります。そうやって、一人ひとりの生きる力を育むことのできる園でありたいと願っています。
参考:『「どうせ無理」と思っている君へ 本当の自信の増やしかた』 植松努さん 2017年 PHP
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