ちがいを喜び合う
11月の聖書の言葉は《わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい》(ヨハネによる福音書15章12節)です。毎日の礼拝の中でこどもたちと一緒にこの聖書の言葉に耳を傾けています。
「愛する」という言葉は、様々な場面でよく聞きますが、具体的にどんなことなのでしょうか。こどもたちと一緒に考えるために、『みえるとか みえないとか』(作ヨシタケシンスケさん・出版アリス館・2018年)という絵本を用いてみました。
この絵本の主人公は宇宙飛行士の地球人で、《いろんなほしのちょうさをする》ことが仕事です。あるとき立ち寄ったのが前にも後ろにも目が付いている宇宙人の星でした。
目が前にしかついてない宇宙飛行士(地球人)をみて
《「え?!キミ、うしろがみえないの?」、「えー?!ふべんじゃない?かわいそう!」》と宇宙人は言います。
宇宙飛行士は《「ぼくはべつにこれがふつうだから・・・」》と見えかたが違うだけなのに気を遣われて変な気分になります。
宇宙飛行士がいろいろ調べるとその星には《うまれつき「うしろの目だけ みえない」》宇宙人が住んでいました。宇宙飛行士は「後ろが見えないこと」が同じなので、話が盛り上がり安心しました。また、同じ星では《うまれつきぜんぶの目がみえない》人とも出会います。
そういう出会いを通して、《みんなそれぞれそのひとにしかわからない、そのひとだけのみえかたやかんじかたをもっている》ことに気がつきます。そして、自分と似ている人は《いいところもわるいところもわかるから》安心できる。一方、自分と違う人は《じぶんとなにがちがうかが、よくわからない》し、《わからないのはこわいから》緊張してしまうと考えを深めていき、《じぶんとちがうひととでも、おたがいのくふうやしっぱいやはっけんをおしえあったら、きっとみんな「へー!」ってなる》と思い至ります。
最後に、《かんがえかたが、ちがっていても、どんなひとにも、じぶんとおなじところはかならずある》と宇宙飛行士は考え、《おなじところをさがしながらちがうところをおたがいにおもしろがればいいんだね》と次の星へと旅立つのでした。
私は、この絵本の言う「違いをおもしろがる」とは、「違いを喜ぶ・大切にする」ことではないかと受け取りました。そして「お互いに違いを喜ぶ・大切にする」ことが、「互いに愛し合う」ことだということではないかと、こどもたちと礼拝の時間に分かち合いました。
幼稚園の教育方針の一つは「一人一人『違う存在』であることを大切に」です。これはキリスト教の人間観に基づくものですが、今この時代において「違いを大切にしあう力」は本当に必要なことだと感じています。私たちは日々の保育において、そのように、お互いを大切にしあえる力を育んでいきたいと願っています。
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