お祈りのリクエスト
リタ幼稚園では毎日こどもたちと一緒に礼拝を行なっています。礼拝ではさんびかを歌って、聖書を読んで、お話を聞いたりします。そして「お祈り」をします。お祈りは「神さまに私たちの気持ちや願いを届けること」としてこどもたちと大切にしてきています。けれども、お祈りの時に隣のともだちとお話をしていたり、落ち着かないことがありました。そこで、ある先生が「みんなはどんなお祈りがしたい?」とこどもたちに尋ねてみたそうです。すると「ようちえんにくることができてうれしかったから、かみさまにありがとうをいいたい!」との声が上がります。また別のこどもは「きょうおやすみのともだちやせんせいがげんきになるように」とリクエストしました。先生はそのこどもたちの言葉を用いてお祈りをすると、こどもたちはその言葉に耳を傾けてお祈りをしたのだそうです。
そのことが職員会議でも話題になりました。他のクラスの先生も「自分のクラスでもやってみます」と反応がありました。数日が経ったある日、私が年少組の礼拝に行った時のことです。礼拝の中でどんなお祈りをしたいかを先生がこどもに尋ねていました。あるこどもが手をあげて、少し考えてから「みんなとやさしいきもちであそびたい」と伝えました。「神さま、今日も一日みんなとやさしいきもちで遊べますようにお守りください」と先生がお祈りをしてくれました。
こどもたちが「お祈りをしてみよう」と思えたのは先生から「どんなお祈りがしたい?」と尋ねられたからだと思います。そして、それにこどもたちが応え、その気持ちが受け入れられた経験を通して「自分達とかかわりのあることが今祈られているんだ、願われているんだ」ということを感じたからだと思います。
大人から一方的に「させられる」のではなく、こどもたちが主体性を持ってかかわることができる経験をリタ幼稚園では「遊び」を通して、また「礼拝」や「生活全体」を通して増やしていきたいと考えています。
「お祈り」は「つながり」であり「対話」です。それは神さまとのつながり、対話です。同時に自分以外の誰かへと思いを馳せてつながりを確かめる営みです。あるクラスの礼拝では「引っ越しをしてしまったお友達に会えますように」というお祈りのリクエストがありました。自分だけではなく周りの誰かの幸せを願うことができる力が確かに育まれていると感じ、心があたたかくなりました。
- ■前の記事へ
- 仲間の中にあってこそ
- ■次の記事へ
- 葛藤や揺らぎの中で